これまでのご感想はこちらから(No.1〜No.292まで)(ページが長くなりすぎたので、2つに分けました^^;)

No.301
 

私は現在、絶賛使命探し中です。

自分の使命を知り、それを人のために生かしていきたいと思っていて、そのためには、

自分を覆っている様々な固定概念、自分を守ってきて不要な価値観など手放すことが必要、そんなことを教えてもらい、

実践していきたいという段階です。

 

課題としていただいた、生まれつき自然とできていたこと。

 

ここについて、私の感覚を書きたいと思います。

私はおそらく、人の話を聞くことが得意ですし、人の話をどんどん聞きたくなってしまいます。

今でこそその資質を少しずつ解放しているため、言葉の裏にある背景まで気持ちを寄せることができるように思います。

言っていることと本音は真逆、という人のこともなんとなく、確信めいてわかるようになってきました。

 

ただ、それが小さいときから、生まれつき自然とできていたか、というと少し違う部分があります。

幼少期の母親との関係です。

私は、幼少期母に自分の話を聞いて欲しかった、と思っていましたが、その願望はあまり叶っていません。

私の話をしても、途中で母が自分の過去の経験を思い出し、自分の話にすり替えて自分の話を聞いて!と言わんばかりに話し始めます。

その点について、自分自身の不満を一生懸命伝えていましたが、その思いが届くことはありませんでした。

 

いつしか、母親と話すことが苦痛になり、自然とスルーする能力ができてしまいました。

20代になり、ある方から教えてもらったことで、この母親との関係性に気づき、

親に話を聞いてもらえなかった、ということと、母親の話を聞いていない、これは致命的なことでした。

人の相談に乗るのが好き、アドバイスするのが好き、教えるのが好き、そんなことは自覚していましたが、

実際のところ、人の話を本当に聴けているか、というと、母との関係性で、その能力はほぼ発揮できていなかったように思います。

 

自分よがりの聞き方になっている、と自覚した20代は、

自分の状態にショックを受けつつ、とにかく目の前の人の話を真剣に聞く、「訓練」から始めました。

そして、その場を終えると、ずっと頭でどんな話だったのか、どんな印象だったのか、何を語っていたのか、それをずっと反芻していました。

 

時を経て、今度は視点が相手に向きすぎている。

自分が空っぽで人の話を聞くのが疲れる、そんな状態になっていることも自覚し、

自分のことがわからなければ、人のことなんてわかるわけがない。

 

今度は自己理解を徹底的に行い、少し自分が自分で満たせるようになってきて、

今はまた人との会話や人の話を聞くのが楽しくなってきています。

 

長くなりましたが、

生まれ持っていた、自然にできていたことも、幼少期の体験・経験によって、

抑えてしまっていることが大いにあると思っています。

さらに、おそらく私は感受性豊かな人であったはずなのですが、

感情に蓋をし、無になって、冷静になって、幼少期を過ごしていました。

今は少しずつ取っ払っていっている状態です。

 

だからこそ、本来の自分に戻ることができる、本来の自分を見つけて、そこを育てて豊に育てることができる人が、一人でも多く現れたらいいなと思っています。

 

No.301 コヒさん 2026 09-15  14:57

No.300
 

ストレングスファインダーに、ここで再会できるのは、大変嬉しいことです。

私は友人からストレングスファインダーの存在を聞き、

変化のない一生涯の特性という言葉に惹かれて、インターネットから申し込みをし、34個の資質を知りました。※2024年

本を読んではいないため、その後はyoutubeの無料動画で資質の特性を学ぶなどいたしましたが、その資質を何かに活かすことはできていない感覚です。

私の上位5つは以下の通りです。

社交性
運命思考
アレンジ
調和性
着想

当時、この結果を見て感じた印象は、

社交性が一番にきているのは、納得で、ここは生かしていきたいところでした。

松葉様のストレングスファインダーの結果、コメントも拝見いたしましたが、

私は初対面も、とても得意です。一対一ももちろんですが、複数人が集まる場では、新たな人との出会いやその可能性が広がることに、

ワクワクする感覚があります。

 

ただ、意識が外に向きすぎるとそれはそれで疲れるため、好んでそういう場にいくかというと、それは別の話ではありますが、

人見知りをせず、誰とでも会話ができる、というのは、そうでない方がいらっしゃることを知っているので、得意として生かしていけたらいいなと思いますし、

初対面では積極的にいけない方たちの、橋渡し役になるのもいいな、と思っています。

 

もう一つ、私にとって大事な感覚は「運命思考」でした。

この詳細を知った時に、全て納得した感覚があります。

20代前半までは現実思考、合理的、目に見えるものが全てという感覚であったのですが、

ある方との出会いによって、目に見えない世界は現実的に存在している、というお話をたくさん聞かせて頂き、

その通りだ、そのように世界をとらえる方がしっくりくる、という価値観に変化していきました。

その時、現実的にしか物事捉えられない方と自分を比較すると、私は理屈抜きでわかってしまう、という感覚があり、

どこか、自分は特別 そんな感覚になっていたかもしれません。

例えば、幽霊が見えたり、オーラがわかったり、過去世の記憶がある、などそんな特殊能力は存在しませんが、そういう人がいるのも、理解できます。

 

そして、運命思考 ということを見た時に、だから自分はわかるのか、と腑に落ちました。

別に特別とかそういうのではなくて、もともと持っている資質。

そこには、運命思考があるからこそ、それを伝えていく役目だ、という言葉にもしっくりきました。

 

一方で、運命思考が下位にきている方は、

どれだけ説明しても、目に見えない世界が分からないのは当然という感覚にもなり、

わかるから、良い悪い、ではなくて、それがその方の今世、生まれ持った個性なのだ、とも思えました。

No.300  コヒさん 2026 09-15  14:18

No.299
 
幼少期から好きだったもの、才能というものは過去世からの続きという考え方、私もまさにそうだと思っております。

音楽が好き、演奏するのが好き、というのは、

3歳から両親がピアノを習わせてくれていた、というのが大きなきっかけでしたが、

それ以降、音楽に携わる機会が多く、音楽が好きだと、今はっきりと言えるのは、

「たまたま(今世)両親がピアノを習わせてくれた」だけでは説明ができない、と確信めいたものがあるから、のように思います。

 また、それを知識として知っている、ということも大切だなと思います。

過去世からの続きと思うほうが、時間的にも空間的にも、広がりますし、

偶然というものがなく、全て必然と考える方が、毎日毎日、自分が経験する出来事、人とのご縁に置いても、意味があるものとして大切にできると思っています。

 

例えばピアニスト、スポーツ選手などはわかりやすい才能ですが、私も自分の才能、でいうと、

最近の学び、気付きから、明確であることは、人が好きであること、人との関わりを通してできること、人のモヤモヤすることを言語化して、相手に返すことは才能と言ってもいいかもしれない、ぐらい得意かもしれません。

 

松葉様は共感性について触れておられましたが、

私は様々な心理テストのようなもので、共感性の値が低いと出ます。

なんで、人が好きなのに、人と関わりたいのに、共感性が低い??と疑問に思っていた時期もありましたが、

感情がありありとわかるとか、相手の感情に引きづられて自分も苦しくなるとか、そういう経験があまりありません。

 今でこそ、相手の心情を想像することができるようになってきて、

理解する幅は広がったように思いますが、それはあくまで自分の想像の範囲での理解です。

 

一方で、相手が発する言葉、非常に曖昧な表現に対しても、

自分と違うということが発端となり、どんどんと深堀りをしていくことがあります。

気になるから、聞いてしまうという感覚ですが。

聞いていくうちに、それってこういうこと?と私が言葉にしたことを返すと、相手に、そうそれ!!!とハッとした瞬間は、私も嬉しい気持ちになります。

本人しか気がつかないことですし、答えは本人にしかありません。

でも、私の言葉が、何かしら、本人の中に眠っていた大事な何かに触れる一歩になったのであれば、有難いなと思います。

 
No.299  コヒさん 2026 09-15  10:49

 

  No.298

前職の職場(ITコンサルブラック企業)にて、職場の環境、仕事内容での向き・不向きの経験を思い出したので書かせて頂きます。

まるで軍隊のごとく全員のレベルを引き上げることを目標としている環境であったため、

社内文書など些細なミス(誤字・脱字)でも、異様なまでに怒られるという環境が通常でした。

ITコンサルという仕事、というよりはどのような環境、文化、風土の職場であるか、これがその人の能力を引き出すか、潰すか、に影響していると周りの先輩方を見ていても痛感した貴重な経験です。

私は恐らく委縮しながら仕事をしていたため、ミスを怖がり、仕事の速度を求められたので体裁だけ整えて、細かなミスが続き怒られる、この悪循環に陥っていたように思います。

そのような環境ではありましたが、

私が唯一、能力を発揮した仕事が、新入社員向けのメールマガジンの文章を、自分の体験談を交えて書く、という仕事でした。

これは本来の仕事というより、先輩方が順番に指名されて、選ばれた人が与えられた業務だったのですが、

同部署の先輩が苦戦している中、恐らく期待されていなかった私に、たまたま、やってみるか?と上司から提案がありました。

文章化前の原案の時点で、いつも怒る上司がぱっと目を通しただけで、ここまで書けているならもう文章にできる、とすぐにGOサインがでて、文章化し、提出しました。

上司の確認を経て、そのまま社長決裁まで進み、自分の手元に上司から返された文章を見て驚きました。

上司が確認した時点で、細かい誤字、脱字に朱書きがされた状態で、社長決裁を通っていたことに。

上司から文章が返された時にも、少し頭を抱えた様子で、これをどうやって生かしたらいいのか・・・と仰ったことを覚えています。

これが評価されたと感じた、最初で最後だったかもしれません。

その後も結局、会社の風土上、様々な上司に怒られて育つという体験、印象が変化することなく、

この会社の異常性に耐え切れずに退職しましたので。

そんな過去の出来事を急に思い出しました。

No.298  コヒさん 2026 09-14  15:13

No.297
 
最近、人にほとんど相談しない友人が、メンタルが本当にまずいとSOSを出してくれました。

その話を聞いていると、私からすると、どうしてそれで自己否定してしまうのか!?というほどなのですが、

本人にとっては切実で、自己否定してしまうほどの大事件だったようです。

それを質問して、どんどん出してもらって、こちらからもたくさんの視点を伝えて。。。

そのときは、頭ではわかっていても、心では全然追いつかない、そんなこともあるかと思いますが、

後から少しずつ言葉が浸透していけばいいなって思いました。

誰かに相談して、自分の思い込みの渦から抜け出せるように、自分で自分を奮い立たせて、連絡する!という勇気が必要かもしれません。

そして、その渦中はなかなか、視野が狭くなってしまう場合があります。

日頃から物事の見方、自分の癖は十分把握しておくほうが、いざというときに役立つ気がしています。

No.297  コヒさん 2026 09-10  18:01

 No.296
 
インドでの貴重なご体験、ハラハラしながら拝読いたしました。

私も以前はインドに行ってみたいと思っていたこともありましたが、

年齢を重ねると、インドは少し躊躇してしまいます。

さて、自分の心が満たされていて、かつ余裕がある時には、

心の底から、周りの人への感謝の心が溢れてくるものと思っています。

そして、松葉さまのように、ギリギリの状態のときは自分にとっての救世主のように思うかもしれません。

 話を戻しますと、自分が十分満たされていないときは、

人々の優しさに気がつかないこともある気がしました。

自分のことでいっぱいいっぱい、人からの有難い心遣いも、もしかしたら邪険に思ってしまうなんてことも。。。

 感謝が内から湧き起こるような自分で常にいられるように、

落ち着いて物事を見ることができたら、と思っています。

No.296  コヒさん 2026 09-10  16:48

No.295
 
 まさに昨日の出来事を思い出しました。

私は昨日誕生日だったのですが、

・カバンの肩にかける紐が外れてしまい、手持ちするしかなくなった

・折り畳み傘を傘立てに置いていたら、似たような傘と間違えられてしまい、私のはそこに残っていなかった

 この出来事2つを取り上げると、誕生日なのに、ついていない日だった・・・ということになります。でも私は全くそんなこと思いませんでした。

 

・カバンはそろそろ肩紐が危うかったので、これも寿命と新しいカバンの購入を考え始めました

・傘は、その施設で貸し傘をお借りしたので、雨に濡れることはなかった。

随分と晴雨兼用の日傘を使ったので、今日、高性能の日傘を新調した

 

それよりは、この日、朝から色々な方におめでとうの言葉をもらい、嬉しい気持ちで満ち溢れていました。

上記2点は全く気にしていません。

 

なぜ、この2点を上げたかというと、

その場に一緒にいた人が、お誕生日なのに、色々あったわね、

カバンは縫ったらまだ使えると思うから、紐を縫ってあげる!と言われたからでした。

 どこにフォーカスを当てるのか。それによって、全然人生違います。まさに実体験をした、昨日でした。

No.295  コヒさん 2026 09-09  16:35

 

No.294
 

私は日常、様々な方のお話を聞かせて頂く中で、本当に波乱万丈な人生を生きてこられた方の話を聞くと、

この話を私に聞かせて頂いて心からありがとうございます そんな思いになることがあります。

 

私自身、振り返ってみても、大変恵まれた人生を進んできているという気持ちです。

順風満帆か、と言われるとそうでもないのですが、

人と比較すると、私はそんな厳しい人生を送ってきていない そんな風に感じます。

 

だから、現在進行形で苦しい思いをされている方に対して、

私は何ができるんだろう、そう思うと、話を聞いて、少し心を軽くすること、違う視点で見れるように別角度の話をすること、

そんなことを意識しています。

 

日常生活、身に起こる全てのことに対して、何を受け止め、どう解釈し、その中から周りの人に何を返していけるのか、

全て捉え方の話だな、見える視点の話だなと思うと、

余裕をもって、物事広くおおらかに見れるような人になりたいと思います。

No.294  コヒさん 2026 08-28  13:13

 

No.293
 
「この世はゲーム」この表現を見た時に、とある経験を思い出します。

職場に新入社員として入ってきた方が最終的には適応障害になって辞めていきました。

働いている様子を見ていても、恐らくうちの会社には合っていない気がする、そんなことを思っていました。

その方と色々話している中で、

あなたにとって人生とはどういうものですか?

この問いに対する答えが、「人生はゲームのようなもの」です、という回答。

 

当時の私はその言葉を聞いて、ドン引きしてしまいました。

それ以上、その方とそういった会話をすることなく、思い返すとそのやりとりが最後だった気がします。

その後、著名な方や心理に携わる方、松葉様のような方の中でも人生はゲームのようなものだ と表現される方を目にして、

あの時、あの方が言った言葉は恐らく誰かの受け売りだろうな、と思い直したことをよく覚えています。
ーーーー

さて、メルマガを読ませて頂いて、私の場合は、人生、自分の使命役目を知り、それを全うして生きたい、自分が今の時代に生まれた意味を知りたいと思っており、

人生は自分が一生懸命生きる「べきだ」に近い思考を持っているため、「ゲームだ」と聞くと、

そんなに人生甘くない、自分の命をなんだと思っているのか、ゲームオーバーになったらやり直せるのがゲーム。人生をゲームと一緒にするとは何事だ!!そんな気持ちです(笑)

 

自分がそのように時間を惜しんで生きることができているか、というと

決してそうではないのですが、

それぐらい命の重み、人間として生まれてきたことの深い意味やそれがいかに奇跡的であるか、

そういうことを一人一人がちゃんと心に留めて、生きていこうとする人が一人でも増えたらいいな、と思っております。

メルマガの本筋とズレた回答で、恐縮ではありますが、

久々に、人生とはゲームである という表現を目にしましたので、内側で思っていたことをアウトプットする機会を頂けてとても有難いと思っております。

引き続きメルマガ講座、楽しみにしております。

No.293  コヒさん 2026 08-28  13:07