インド マザーハウスでの体験(ゆくりはねっとを立ち上げた理由・この事業への思い②)

(残りの人生で悔いなく生きるにはどうしたらよいか)

次に、自分の人生の中で、大きな出来事として、28歳の時に、インドへ一人旅に行った時のことがあります。大学を出て、福祉の道に進み、児童養護施設で4年間勤務しました。しかし、働く中で、自分の中でどういう生き方をしていけばよいのか、何を大切にしたいのか迷いがあり、もう一度じっくり考えるため退職しました。

もう一度、自分の人生でやりたいことを書き出してみた時に、インドに行くという思いがあり、思い切って、インドに一人旅に行きました。

それは、若すぎても駄目だったでしょうし、28歳という年齢が自分には人生をもう1度じっくり考える1番ベストの年齢だったのだと思います。

インドへの旅の目的は、マザーテレサの施設で働かせてもらうことでした。ここでの経験は、本当にかけがえのない体験でした。

(インド マザーハウスでの体験①)

インドのコルカタという町にあるマザーテレサの施設で1ヶ月間働かせてもらいました。ここで、シスターが話してくれた話を今でもよく覚えています。それは愛についての話でした。ようは愛には2通りあるのだとシスターは言っていました。

1つは「自分の好きな人に対する愛」。これは、好きな人や友達、家族に対する愛がそうなのだと。

そして、もう一つは「自分が嫌いな人に対する愛」例えば、職場で自分を嫌う人がいた時に、その人にも自分から挨拶ができるか。例えば、自分のことを憎む人がいて、その人のためを思って行動できるか。キリスト教の隣人愛の「敵を愛せ」というのがこのことだそうで、実はこの見返りを求めない愛が1番大切なのだとシスターは話していました。

前者の愛は誰にでもできるが、後者の愛はなかなか難しい、もう1段階レベルが上の愛だということでした。なぜ、これが難しいかというと、自分自身が傷ついている時にこそ試されるものだからなのかもしれません。例えば、人は寂しいとき、「もっと自分をみてほしい」「何で自分だけ」とベクトルが自分に向かっているような気がします。そのベクトルを自分じゃなく、周りに向けることが一つ、寂しさをなくすコツなのかなと気づかされました。

人の生きがいというのは、自分以外の人にどれだけ思いを込めて生きれたか、与えることができたか、そういう所に、人が本当に生きがいを感じる大切な部分があるんじゃないかと、今でも時々この話を思い出します。

また、自分が苦手な人に会った時も、なぜその人がそういう行動をするのか考えることで、ちゃんとそこに、その人なりの肯定的な意味があったことに気づくことができるようになり、この話を聞けたことは自分にとって、とても大きな経験になりました。

そして、マザーハウスの「死を待つ人の家」での出来事が、自分の人生を大きく変えるのでした・・・